掛川市は、静岡と浜松の中間に位置しています。東海道五十三次では25番目の日坂宿、26番目の掛川宿が置かれていたことでもわかるように、この地は古くから交通の要衝でした。また相良の海産物を信州に運ぶ「塩の道」の拠点としても栄え、かの山内一豊が本格的に築城したのが城下町の起こりとされています。約500年の歴史と伝統を持つ、静かで落ち着いた雰囲気の町です。
発展を続ける掛川市
現在の掛川市は旧掛川市・大東町・大須賀町が合併した人口約12万人の街です。国道1号線をはじめ東名自動車道、JR東海道本線や新幹線などの大動脈が通っており、今でも交通の要としての役割は決して小さくありません。
また掛川市では中心市街地の活性化で街づくりを行うとともに、昔からの主要産業であるお茶の生産とともに近年では工業団地の誘致に成功、今では県内有数の工業都市としても発展しつつあります。
3世代同居の必要があって
今回の依頼者様邸は、掛川駅から少し離れた住宅街の一角にあります。
依頼者様がこの家を建てたのは11年くらい前のことです。敷地は64坪ほどありますが、年老いたご両親と同居する必要があったため、1階・2階の延べ床面積は65坪弱とややゆったりしています。
公立小学校の先生をしている依頼者様は、現在は勤務の都合で週末しか帰宅できないため、もっぱら奥様がこの家を守っています。つい最近、お母様が亡くなられたため、現在はこの家に依頼者様ご夫妻とお父様、二人の娘さんが暮らされています。
かなり気に入った家だったが…
いまの家は大手住宅メーカーの分譲物件を購入したものですが、少し急がなければならない事情があったため、設計プランはほとんどメーカー仕様によるものです。しかし1階のリビングと同じスペースに畳敷きのコーナーが設けてあることや、南側に大きく開口部を作って日当たりのよい明るい部屋にしてあることなどは、特に気に入った点だったといいます。実はこの点こそが今回問題となった部分だったのですが、「その頃は、家の耐震性なんか考えたこともなかったですからね」と依頼者様は当時を振り返ります。
依頼者様は阪神淡路大震災の後、テレビや新聞の様々な地震災害情報を見ているうちに、少しづつ不安になってきたといいます。新築間もないとはいえ、この家は地震に弱い構造なのではないかという懸念です。ましてや近い将来に高い確率で発生することが予想されている東海地震で、この地区は大災害が予測される地域でもあるため、住んでいらっしゃる方が無関心でいられるはずはありません。
そんな中、木耐協の耐震診断の告知チラシを見た依頼者様は、とりあえず診断だけでも受けておくことにしました。以前からインターネットを通じて既存住宅の耐震診断を行っている木耐協という団体があることは知っていたので、いい機会だと考えられたのです。